それ、老害です。お葬式編——悪気のない一言が、遺族の心に一生残る傷になる

「老害」という言葉は、若者が年配者を見下すための言葉ではありません。

私がこの言葉を使うのは、ただ一つの理由からです。悪気のない善意が、誰かを深く傷つけることがある——その事実を、正直に伝えたいからです。

葬儀の仕事を40年以上続けてきた中で、私は数え切れないほどの「その場面」を見てきました。親切心から出た一言が、喪主の心をへし折る瞬間。気遣いのつもりの行動が、式場全体の空気を壊す瞬間。そして、言った本人だけが気づかないまま、その場が静かに凍りつく瞬間。

今日は、実際に現場で起きた4つのエピソードをお伝えします。どれも実話です。そして、どれも「悪い人」は一人も出てきません。

それが、一番怖いところなんです。


① 「どうぞ!前へどうぞ!」——親切心が式場を壊す日

その日の葬儀は、100名を超える参列者が予定されていました。故人は地域の名士で、顔の広い方でした。

式が始まる30分前。スタッフが「前のお席から順番にお座りください」とご案内していたそのとき、後ろのほうに座った70代の男性が、入り口から入ってきた知人を見つけ、大きく手招きをしました。

「おーい、こっちこっち。前の席、空いてるよ。どうぞ、どうぞ!」

その声は、式場全体に響きました。

すると、何が起きたか。入り口近くにいた方々が、一斉に立ち止まったんです。「あ、あの人が呼んでいる。私たちは後ろでいいや」「前に行くのは気が引ける」——そういう空気が、音もなく広がっていきました。

結果、後ろから席が埋まっていきました。

式が始まる直前、私は祭壇の横から式場を見渡しました。前の席が20席ほどガラガラのまま、後ろだけがぎっしり。そして、その光景を一番よく見えるところにいたのが——ご遺族でした。

喪主の娘さんが、小さな声でつぶやいたんです。「思ったより少なかったのかな……」と。

その言葉が、今でも忘れられません。

実際には参列者は十分にいた。ただ、後ろに固まってしまっただけでした。でも、祭壇から見えるのは、ガランとした前列だけです。

お葬式の席は、自己判断で仕切らない。スタッフに任せる。これが、ご遺族のために一番できることです。


② 「その髪、大丈夫なの?」——急いで来た孫娘が、泣いた理由

亡くなったのは、80代の男性でした。孫娘は、大学の授業を途中で抜け出してきました。喪服を持っていなかったので、黒っぽいワンピースで駆けつけた。髪は染めていましたが、急いで来たので整えられていませんでした。

式場に入ると、親戚の女性が近づいてきて、まじまじと見てこう言いました。

「あら、髪の毛、その色でいいの?お葬式なのに。ちゃんとした格好してこないと、おじいちゃんに失礼でしょ」

善意でした。間違いなく。「教えてあげたい」という、純粋な親切心でした。

でも孫娘は、式が始まるまでずっと下を向いていました。式が終わった後、目が真っ赤でした。泣いていたのか、と思ったら——式の最中はほとんど泣けなかった、と後で聞きました。「恥ずかしくて、前を向けなかった」と。

おじいちゃんのそばに来て、最後のお別れをしたかったのに。

お葬式で見るべきなのは、服装や髪の色ではありません。「来てくれた」という気持ちそのものです。

どうしても気になることがあれば、葬儀社スタッフにそっとご相談ください。私たちは、傷つけない言い方を知っています。


③ 「1回よ、1回!」——自信満々の間違い指導

焼香の列が続く中、ある女性が隣の人に耳打ちしていました。「焼香はね、1回なのよ。押しいただかなくていいの。今どきはそれが正式なんだから」

その声は、意外と周囲に届いていました。前後の方も、「そうなんだ」という顔で聞いていました。

でも——その式は浄土真宗でした。浄土真宗では、押しいただかずに1回が基本とされています。それ自体は合っていた。

問題は、次の式でした。同じ女性が、今度は曹洞宗の式に参列したとき、また周囲に「1回でいいのよ」と教えていたんです。曹洞宗は2回が基本。しかも押しいただく作法があります。

自信たっぷりに伝えられた「正解」が、実は宗派によって全く違う——そのことに、教えられた側は誰も気づかないまま焼香を終えました。

焼香のやり方は、宗派ごとに異なります。「1回」「2回」「3回」、押しいただく・いただかない、全部違う。だからわからなければ、葬儀社スタッフに聞くのが正解です。知らなくて当然ですから、恥ずかしくありません。

そして何より——お焼香は、故人様に手を合わせる、静かで大切な時間です。作法の採点をする場ではないんです。


④ 「しっかりしなさい」——その言葉が、喪主の膝を折った

その喪主は50代の男性で、父親を亡くしたばかりでした。

前日の夜中に病院から連絡を受け、一晩中手配を続け、朝から葬儀社との打ち合わせ、親族への連絡、菩提寺への確認、式次第の確認……。ほとんど眠れないまま、式当日を迎えていました。

式の直前、父の兄にあたる80代の男性が近づいてきて、こう言いました。

「お前が家を守るんだ。しっかりしなさい。泣いてる場合じゃない」

その男性には悪意が一切ありませんでした。自分が若い頃、同じ言葉をかけられて乗り越えてきた。だから伝えたかった。

でも喪主の男性は、その言葉を聞いた瞬間、唇を強く噛みしめて、目を閉じました。

式が終わった後、私に小さな声でこう言ったんです。「あの一言で、涙が出なくなりました。ちゃんとお別れできなかった気がします」と。

喪主はすでに、十分すぎるくらい「しっかり」しています。悲しむ時間もないまま、何十人ものお客様の対応を、ボロボロになりながらこなしている。それ以上の強さを求めることは、酷というものです。

一番いい声かけは、「大変でしたね」の一言だけ。あとは「何かあれば言ってね」で十分です。アドバイスより、そばにいてくれる人の存在が、何より力になります。


おわりに——「気づいた瞬間」から、人は変われる

今日ご紹介した4つのエピソードに、「悪い人」は一人もいません。みんな、善意でした。親切心でした。経験からくる知恵を、伝えたかっただけでした。

でも、その善意が誰かを傷つけた。

人は歳を重ねるほど経験を積みます。でも同時に、「自分の常識」が更新されにくくなっていきます。経験は財産です。ただ、アップデートをやめたとき、その経験は知らないうちに「老害」に変わっていく。

葬儀の現場は、人間の本音が出る場所です。悲しみの中で、人は普段より傷つきやすい。普段なら流せる言葉が、その日だけは深く刺さることがある。

だからこそ——葬儀の場では、少しだけ「引き算の気遣い」を。

何かしてあげたい気持ちを、少し抑える。教えたい気持ちを、少し待つ。励ましたい気持ちを、「大変でしたね」の一言に変える。

それだけで、その場にいる誰かが、ずっと楽になれます。

ご葬儀のマナーは、完璧に知っている必要はありません。大切なのは、「知らなかった」で終わらせないこと。そして、「気づいた瞬間から変わろう」と思えること。

人は何歳からでも、変われます。


多摩中央葬祭 森の風ホール(立川・府中・国立・昭島)
1979年創業。地域に根ざした葬儀社として、45年以上にわたり多摩エリアのご葬儀をお手伝いしてきました。
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