「人って、亡くなるとき——最後まで“耳だけは聞こえている”って、聞いたことありませんか?それって本当なんでしょうか?」。誰かが命の終わりを迎えるその瞬間。もう目も開かない、声も出せない、反応もない。でも、“耳だけは最後まで聞こえてる”かもしれないって、云われているのです。
実際、病院では——危篤の家族に医師が “声をかけてあげてください”と促す場面があります
「ありがとう」「大好きだよ」「また会おうね」……返ってくる返事はなくても、その言葉に反応して、まぶたが少し動いた、涙がこぼれる、指が動いた・・・

そんな“小さな反応”を、私たちも何度も見てきました。もう言葉は返せなくても、“聞いてくれているんだ・・・”と、その場にいた家族は思いました。
最後の力で、気持ちに応えようとしてくれたのかもしれない。その瞬間、家族の目からは、 もう こらえきれない涙が 静かにこぼれ落ちたそうです。
今回は、医学的な根拠と、実際の家族のエピソードをもとに、「死にゆく人に、本当に言葉は届くのか?」という問いに、現場の目線で真っすぐ答えていきます。
もし、あなたが大切な人の最期に立ち会うことになったら——どうか、迷わず声をかけてあげてください。
その言葉は、きっと届きます。答えは返ってこなくても・・・・
【実例エピソード】 「聞いてくれている かもしれない」感動の瞬間
ある30代の男性が、父の危篤を知らされ、病院に駆けつけました。父親はベッドで痩せ細り、苦しそうに呼吸をしていました。
「どうしてもっと早く会いに来なかったんだろう」「俺は、親不孝者だ」そう自分を責める気持ちで いっぱいになり、父の顔を見ているだけで、胸が押しつぶされそうだったそうです。

言葉にしなきゃと思っても、声が出ない。ただ、茫然と立ち尽くすしかありませんでした。その時、父の担当の看護師さんが、そっと声をかけてくれました。
「お声がけしてあげてください。最期です 耳は最後まで、聞こえてますから。」
——その言葉に、背中を押された男性は、振り絞るように言いました。
「……親父、ありがとう」
すると、ずっと動かなかった父の唇が、ほんのわずかに、けれど、たしかに動いたのです。声にはならなかった。でもその動きは、“聞こえてるよ”と応えてくれたようだったと、 彼は語っています。
また こんなケースもありました。ある病院での看取りの場面で、長い闘病の末、お母さまは徐々に意識が遠のいていき、医師からは「いつ旅立ってもおかしくありません」と伝えられ、ご家族が病室に集まったそうです。
もう目も開けず、呼吸も浅く、まったく動かない。そんな状態の中、40代の娘さんが静かに、お母さまの耳元でこう語りかけました。
「お母さん、ずっと がんばってくれてありがとう。私ね、あなたの娘に生まれて本当によかったよ」その瞬間です。閉じられていたまぶたが、ほんのわずかに震えたんです。
そして、動くはずのない指が、ゆっくりと一度、動いたといいます。
娘さんは、涙をこらえきれずに言いました。

「…お母さん、聞こえてたんだね・・・」もう言葉は返せなくても、ご家族の誰もが、“いま確かにお母さんは、聞いてくれていた”と感じたそうです。
その瞬間、家族の目からは、もうこらえきれない涙が静かにこぼれ落ちたそうです。
【科学的検証】 – UBC大学の研究で明らかになったこと
ちょっと信じられないかもしれませんが──皆さん、人が意識を失ったあとでも、「音が聞こえてるかもしれない」って、ちゃんと “科学で証明された”って 知ってましたか?
この実験は、患者が「死の直前」に 音を感じ取るかどうか**を確かめた、世界初の臨床研究です。末期がんの患者さんたちに、“音”を聞かせて、脳がどんな反応をするか、脳波を測ったんです。
その結果が衝撃で……なんと、意識がない状態でも、音に反応する脳波がハッキリ出ていたそうです。専門用語で言うと、MMNとかP3a、P3bっていう脳波なんですけど──
これ、注意を向けたり、音の違いを“無意識に”聞き分けてる証拠なんです。しかも、病状が進んで“ ほとんど意識がない”患者さんであっても、普通の人と同じように反応していたというんです。
つまり──どういうことかというと・・・
「耳だけは、最後の最後まで生きているかもしれない、聞くことができる・・・」っていう話なんです。もう“迷信”じゃなくて、医学が証明してくれたんです。
死には明確な瞬間はなく、過程そのもので、耳の神経は、脳のすぐ近くにあります。聴覚は、筋肉を大きく動かさなくとも機能する 受動的な感覚です。
だから、最後まで残る感覚は、聴覚と言われているのです。

【だから声をかけ続けよう】 – 最期に伝えるべき言葉と心得
あるご家族の看取りのお話しです。とても感動したので最後に お話ししたいと思います。重篤な状態にあった ご主人──すでに意識はなく、呼びかけにも反応はありませんでした。でも、奥さまはずっと耳元で優しく語りかけていました。
「ねえ、もうすぐ娘が来るよ。一緒に待ってようね」 その声はとても静かで、でも確かな愛情がこもっていました。
そして、奥さまが用意されたのは──ご主人が若い頃から大好きだった、あの懐かしいサザンのバラード音楽。 ゆったりと流れるメロディーに包まれて、ご主人の表情が、ふっと…やわらかく、穏やかになったんです。
騒がしかった病室の空気が、まるで時間が止まったように変わりました。そこはもう、「病室」ではなく、「ふたりの居間」のような空間だったんです。奥さまは涙をぬぐいながらも、穏やかな笑顔でこう言いました。
「お父さん、がんばったね。ありがとう」
家族で過ごす音楽の時間が、最期の看取りになったんです。臨終のときが、音楽鑑賞を一緒にした、家族のかけがえのない時間となったのです。

もしかしたら今後、このサザンの曲を奥様が聞いたら「思い出して悲しくなってしまうかもしれない、、とも思いましたが、でも、それも かけがえのない想い出だと思ったのです 「深い悲しみの裏には、それだけ強い絆があった証が、ちゃんと隠れています。
私は それは、“これほどまでに別れを惜しめる関係”を築けた、幸せそのものなんだと思うのです。
本日のまとめ
人生の最後の時間。何度も一緒に聴いた、あの大好きな曲も――いまこの瞬間に流れると、まったく違って聞こえることがあります。
音にのせてよみがえる思い出、言葉にできなかった「ありがとう」や「ごめんね」。それはきっと、その人の人生を包み込むような、静かで深い“極上の時間”だと私は思うのです。
どんな曲が好きだったのか?なぜその曲が心に残っているのか?「それぞれの思い出や 何を好きと思うか」って、じつはその人らしさそのものなんです。
だからこそ、生きているあいだに――「これ好きだったね」「昔よく聴いてたね」そんな他愛のない会話を、家族でたくさん しておいてください。
それが、いつか必ず、心の支えになります。死は、誰にもコントロールできません。
いつその時が訪れるかもわかりません。けれど、「間に合ったかどうか」よりも、その瞬間まで どんなふうに寄り添ってきたか――?
それまでの 関係のほうが、ずっと大切だと私は思うのです。そして、たとえ意識がないように見えても。呼吸が止まったあとでも――
人はしばらくのあいだ、“耳で”あなたの声を聞いていると言われています。だから、ぜひ声をかけてあげてください。
「大好きだったよ」
「ありがとう」
その言葉は、ちゃんと届いています。
あなたと、あなたの大切な人が、最後の最後まで、穏やかに、あたたかく、 “その人らしい時間”を過ごせますように―心から願っています。