ご自宅に長年 一緒に過ごされた人形はございませんか
ひな人形、五月人形、ぬいぐるみ、こけし、西洋人形、熊の木彫り、民芸品など
ずっと飾ったまま、ケースに入れたままにされていませんか。
思い出が一緒にあるので、また顔かたちがあるので、
長年そのままにされていたのではないでしょうか。
・ひな人形、五月人形をはじめとする日本人形
・友人からもらった手作り人形
・国内や海外旅行で記念に購入した人形や民芸品
・子供が生まれた時の体重のぬいぐるみ
・縁起物で購入しただるまや羽子板
その他、お盆でお使いになった古い提灯や使わなくなったお数珠、写真などもございませんか?
・提灯
・お数珠
・写真
このまま保管し続けると、将来自分が他界した後に遺族によって遺品整理が行われます。
思い出をずっと保ち続けると遺品整理を行う側を悩ませてしまうことにもなります。
思い切って処分となると市町村で定めるゴミの分別にそって行うことになり
今日に至ってしまっているのではないでしょうか。
森の風ホール国立では『人形供養祭』を行います
法要
2023年3月11日(土)受付
10:30~12:30読経
13:00~場所
森の風ホール国立 東京都国立市青柳3-18-11料金
会員様 無料(本体のみ10体まで)
一般の方 5体まで1000円(税込) 6体以上10体まで2000円(税込)
【受付できるもの】
1.ひな人形、五月人形、抱き人形、市松人形、舞踏人形、フランス人形、博多人形など人形全般
2.ぬいぐるみ、こけしなど顔のついたもの
3.天神様、羽子板など顔が描かれているもの
4.上記に類するもの
5.古くなったお数珠やお写真など
桃の節句ひな祭りの由来
どうして3月3日に桃の節句といわれるのか
五節句のひとつ「上巳(じょうし)の節句」は中国の古い時代に3月の最初の巳(み)の日に行われていました。この日を「上巳」と呼び、のちに3月3日を上巳として体の穢れを祓う行事が行われていました。現在の暦では3月末から4月中旬にあたります。中国でこの時期は梅が咲き終わり、ちょうど桃の花が咲く頃でした。
流し雛の由来となる上巳の祓(じょうしのはらえ)
日本でも中国の風習が伝えられ、古くから厄や穢れを祓い、凶事を避けるようになりました。
平安時代、この上巳の日に「人形(ひどがた)」に息を吹きかけて体の穢れをうつし、これを海や川に流して厄を祓う禊祓(みそぎはらえ)を行うならわし『上巳の祓(じょうしのはらえ)』が起こりました。源氏物語でも「お払いをした人の形(かたしろ)を舟に乗せ須磨の海に流した」と描かれています。他に『ひいな遊び』についての記述がいくつかあり、宮廷貴族の子供が人形遊びをしていたことがわかります。
ひな祭りらしい行事に似た曲水の宴(きょくすいのうたげ)
万葉記や日本書紀にも触れられていますが、奈良時代や平安時代の朝廷では上巳の節句、のちに3月3日に川辺に出て遊宴が行われていました。曲水のほとりに参会者が座り、上流から流される杯が自分の前を通過しないうちに詩歌を作り、杯を取って酒を飲み、次へ杯を流す。終わって宴を設け、それぞれの詩歌を披露。もともと中国では紀元前から行われていた遊びです。
江戸時代に庶民の間にひな人形が広まり発展
この3月3日に人形(ひとがた)を水に流して穢れを祓ったが、この人形がひな人形となり、菱餅や桃の花、ひなあられやちらし寿司、白酒をお供えしたり食べたりするお祝いをひな祭りとして継承され、江戸時代には庶民の間に広まったとされています。
はじめは「お内裏様(お雛とめ雛)だけであったが、「三人官女」「五人囃子」を加えた三段飾りや、「随人(ずいじん)」「衛士(えじ)」「お道具」「仕丁」を加えた五段飾り、その下へ箪笥や長持をはじめとるす「道具類」を置いた七段飾りなど、たくさんの人形や道具が飾られるようになりました。
凶事や地震、火事、疫病といった災厄から身を守り、健康や幸せを願う習慣は、年始や節分などの年中行事にも見られます。その中でもひな祭りは、子供の健やかな成長を願うだけでなく、食事を囲んだ楽しい行事、美しい人形を愛でる人形文化として発展し継承されてきました。
ご自身の手で人形にご供養を
人形を大切に命があるもののように接する優しいお気持ち
人形を贈ってくださった方への思い
人形を買ったときの思い出を大切にするお気持ちは
とても素敵なことだと思います。
最終的にやむなく他の荷物と一緒に遺品整理として処分をする選択肢だけではなく
思い入れのある人形とのお別れは感謝の気持ちを込めて
この機会に人形にお経を送り供養に出されるのはいかがでしょうか。