葬儀社が見送った、ある一人の人生
「お父さんとは、もう20年会っていません。葬儀には、行きません」
そう話していた息子さんが、出棺の直前、突然式場に現れました。
式場の扉を開け、息を切らしながら立っていた男性。
そして、震える声でこう言いました。
「まだ……間に合いますか」

今回は、「多摩中央葬祭」がお見送りのお手伝いをした、あるご家族のお話をご紹介します。
ご本人やご家族が特定されないよう、内容の一部を編集しています。
また、このような形でお話しすることについては、ご遺族から許可をいただいております。
多摩中央葬祭では、今回から
「葬儀社が見送った、ある一人の人生」
というシリーズをお届けしていきます。
お葬式で起きた出来事だけではありません。
一人の人が、どのように生きてきたのか。
家族とどんな時間を過ごしてきたのか。
そして最期に、どんな言葉が交わされたのか。
葬儀の現場にいる私たちだからこそ、お伝えできる「人生のお話」です。
口数の少ない、職人気質のお父様
亡くなられたのは、70代後半のお父様でした。
ここでは仮に、田中さんと呼ばせていただきます。
田中さんは、昔ながらの職人気質の方でした。
若い頃から仕事一筋。
朝早く家を出て、夜遅く帰る。
決して家族を大切にしていなかったわけではありません。
むしろ、家族を守るために一生懸命働いてきた方だったのだと思います。
ただ、自分の気持ちを言葉にすることが、とても苦手でした。
「ありがとう」
「悪かった」
「会いたい」
考えてみれば、どれも短い言葉です。
それなのに、大切な相手であればあるほど、なぜか言えなくなってしまうことがあります。
田中さんも、そんな方だったそうです。
「兄がいます。でも、父とは20年近く会っていません」
ご葬儀の相談に来られたのは、娘さんでした。
田中さんは数年前から一人暮らしをしており、体調を崩してからは娘さんが通院や買い物などを支えていました。
葬儀について打ち合わせをしている途中、娘さんが少しためらいながら話してくださいました。

「兄が一人います。でも、父とは20年近く会っていません」
20年前。
田中さんは仕事がうまくいかず、家庭の中でも余裕を失っていた時期があったそうです。
息子さんもまだ若く、父親への反発が強かった頃でした。
ある日、二人は激しく言い争いました。
そして田中さんは、感情のままに言ってしまいました。
「そんなに俺が嫌なら、もう二度と帰ってくるな」
きっと、本心ではなかったのでしょう。
けれど、言葉は一度口から出てしまえば、なかったことにはできません。
その言葉を最後に、息子さんは家を出ました。

1年、3年、10年……時間だけが過ぎていった
最初のうちは、娘さんも思っていたそうです。
「そのうち、どちらかが折れるだろう」
「いつかまた普通に話す日が来るだろう」
ところが、1年が過ぎました。
3年が過ぎました。
そして10年が過ぎました。
時間がたてばたつほど難しくなることがあります。
それは、
「今さら、何と言えばいいのか分からない」
という気持ちです。
謝る機会を逃した父親。
許すきっかけを失った息子。
二人の間にあったのは、単純な「憎しみ」だけではなかったのだと思います。
むしろ、
言えなかった言葉が、20年分積み重なっていた。
そんな関係だったのではないでしょうか。

「あいつ、元気にしてるのか」
娘さんによると、田中さんは息子さんについて、自分から積極的に話すことはほとんどなかったそうです。
しかし、ときどき何でもないことのように聞きました。
「あいつ、元気にしてるのか」
「仕事は続いているのか」
「子どもは大きくなったのか」
「会いたい」とは言いません。
「電話をしてくれ」とも言いません。
ただ、息子さんの近況だけを尋ねていました。
それが田中さんなりの、
「気にしている」
という表現だったのかもしれません。
一方、娘さんが兄に父親の様子を伝えようとしたこともありました。
しかし息子さんの返事は、
「今さら会っても、話すことはない」
というものでした。
父親も息子も、お互いのことを忘れたわけではありません。
ただ、どう動けばいいのか分からなかったのでしょう。

家族写真の中には、笑っている父と息子がいた
ご葬儀は、ご家族だけで静かに送りたいというご希望でした。
祭壇には、田中さんが好きだった白い花を中心に飾りました。
そして棺のそばには、田中さんが仕事で長年使ってきた道具の写真と、若い頃の家族写真が置かれました。
その一枚には、まだ幼かった息子さんの肩に手を置き、少し照れくさそうに笑っている若い田中さんが写っていました。
娘さんは、その写真を見ながら言いました。
「父は、兄のことを嫌いだったわけではないんです。でも、最後まで『会いたい』とは言えませんでした」
そして少し黙ったあと、続けました。
「兄には、亡くなったことだけは伝えます。ただ、来てほしいとは言いません。兄にも、兄の人生がありますから」
とても重い言葉でした。

「葬儀には行きません」
その夜。
娘さんは、お兄さんに電話をかけました。
父親が亡くなったこと。
葬儀の日時。
そして、出棺の時間。
必要なことだけを静かに伝えたそうです。
長い沈黙のあと、息子さんは言いました。
「お父さんとは、もう20年会っていません。葬儀には行きません」
娘さんは、
「分かった」
とだけ答えました。
無理に来てもらうことが正しいとは限りません。
葬儀は、家族を強制的に仲直りさせる場所でもありません。
家族には、それぞれが歩いてきた時間があります。
第三者には分からない事情もあります。
私たち葬儀社が、
「家族なんだから会った方がいいですよ」
などと簡単に言えるものでもありません。
ただ、そのお話を聞きながら思いました。
このまま、本当に二人は会えないまま終わってしまうのだろうか。

娘さんが送った、最後のメッセージ
娘さんは、「来てほしい」とは言いませんでした。
その代わり、最後に一通だけ短いメッセージを送りました。
そこには、こう書かれていました。
「明日、10時に出棺します。
来なくても、誰も責めません。
ただ、お父さんは最後まで、あなたのことを気にしていました」
返事はありませんでした。
そして、葬儀の日
翌日。
ご葬儀が始まりました。
読経が終わり、参列された方々が一人ずつ焼香をされます。
しかし、息子さんの姿はありません。
娘さんも何度か式場の入口に目を向けていました。
途中からは、もう見ないようにしているようにも見えました。
そして、最後のお別れの時間になりました。
ご家族が棺の中へ花を手向けていきます。
娘さんは、あの家族写真を手に取りました。
そして棺の中のお父様に見せるようにして言いました。
「お父さん。この写真、覚えてる?」
もちろん、返事はありません。

娘さんは写真を棺の中に納め、お父様の頬のそばに白い花を置きました。
そして静かに言いました。
「お兄ちゃんは来られなかったけど、きっと、どこかでお父さんのことを考えていると思うよ」
ご家族の中から、小さなすすり泣きが聞こえました。
やがてお別れの時間が終わり、棺の蓋が閉じられました。
私たちは出棺の準備を始めました。
娘さんが棺に手を添え、私たちがゆっくりと動かそうとした――
その時でした。
式場の扉が開いた
一人の男性が、息を切らしながら立っていました。
息子さんでした。
黒いネクタイは少し曲がり、髪も乱れていました。
急いで来られたのでしょう。

息子さんは入口で立ち止まり、棺を見たまま動けなくなっていました。
そして、震える声で言いました。
「まだ……間に合いますか」
私たちはお答えしました。
「はい。お父様は、ここにいらっしゃいます」
そして、閉じたばかりの棺の蓋を、もう一度開けました。
20年ぶりに見る、父親の顔
息子さんは、ゆっくりと棺のそばまで歩いてきました。
20年ぶりに見る父親の顔。
しかし、その父親はもう、目を開けることも、言葉を返すこともできません。
息子さんは、しばらく何も言いませんでした。
手を伸ばしかけては止めます。
そして、また伸ばしかけては止めます。
やがて父親の肩のあたりに、そっと触れました。

そして、小さな声で言いました。
「遅くなって、ごめん」
たった一言でした。
20年間の出来事を説明する言葉もありません。
なぜ会いに来なかったのかを弁解する言葉もありません。
ただ、もう一度。
「ごめん」
と繰り返しました。

「何て言えばいいか、分からなかった」
娘さんは、お兄さんの背中にそっと手を添えました。
そして言いました。
「お父さんね。お兄ちゃんのこと、ずっと気にしてたよ」
息子さんは、うつむいたまま答えました。
「俺も、何度も電話しようと思った」
娘さんが聞きます。
「どうしてしなかったの?」
少し長い沈黙のあと、息子さんは言いました。
「何て言えばいいか、分からなかった」
私は、この言葉を今でもよく覚えています。
会いたくなかったわけではない。
ずっと憎んでいたわけでもない。
ただ、
最初の一言を、何と言えばいいか分からなかった。
そして、そのまま20年が過ぎてしまったのです。
「こんな顔で笑ってたんだな」
出棺を前に、息子さんは棺の中へ何も入れませんでした。
何かを持って来る余裕もなかったのでしょう。
その代わり、棺の中に入っていた昔の家族写真を、じっと見つめていました。
そして娘さんに頼み、一度だけその写真を手に取らせてもらいました。
そこには、若い父親が幼い息子の肩に手を置き、笑っていました。
その写真を見ながら、息子さんがぽつりと言いました。
「こんな顔で笑ってたんだな」
父親に向けた言葉だったのか。
それとも、自分自身に向けた言葉だったのか。
私には分かりません。
ただ、その一言には、20年という時間の重さが詰まっているように感じました。

火葬場へ向かう時。
最後の道だけは、父親の写真を胸に抱いて
息子さんは、お父様の遺影写真を持ちました。
20年間、父親の隣を歩くことのなかった息子さん。
その息子さんが、
最後の道だけは、父親の写真を胸に抱いて歩いたのです。
父親がどう感じていたのか。
本当のところは、私たちには分かりません。
でも少なくとも息子さんにとって、
あの日、式場の扉を開けたことは、その後の人生に関わるほど大きな一歩だったのではないかと思います。

お葬式は、すべてを解決する場所ではありません
私たち葬儀社は、ご家族が歩いてきた何十年という年月を、すべて知っているわけではありません。
家族だからこそ言えなかったこと。
近い存在だからこそ、許せなかったこと。
時間がたちすぎて、今さら言えなくなってしまったこと。
お葬式の場には、そうした言葉にならない思いが集まります。
お葬式をしたからといって、すべてが解決するわけではありません。
亡くなった人と仲直りできるわけでもありません。
過ぎてしまった時間を取り戻すこともできません。
それでも。
言えなかった言葉を、最後に伝えることはできます。
そして、ときには長い間止まっていた家族の時間が、ほんの少しだけ動き始めることがあります。
大切なのは、きれいな言葉ではない
あの日、息子さんが言えた言葉は、
「遅くなって、ごめん」
それだけでした。
でも、大切なのは、きれいな言葉を並べることではないのだと思います。
会いに行くこと。
扉を開けること。
電話をかけること。
そして、自分の言葉で、たった一言を伝えること。
それだけで救われる思いが、この世には確かにあります。
「いつか」が来ないこともある
この記事を読んでいる皆さんにも、
「連絡しよう」
と思いながら、まだ連絡できていない人はいないでしょうか。
もちろん、会えばすぐに分かり合えるとは限りません。
許せない気持ちを、無理に消す必要もありません。
家族だからといって、必ず仲直りしなければならないわけでもありません。
ただ一つ、私たちが葬儀の現場に立ちながら何度も感じることがあります。
それは、
「いつか話そう」の、その“いつか”が来ないことがある。
ということです。
今日でなくても構いません。
長い話ができなくても構いません。
「元気にしていますか」
たったその一言から、始まることもあります。

葬儀から、生きることを考える。
多摩中央葬祭は、日々多くの方の「最期」に立ち会っています。
だからこそ私たちは、お葬式の情報やマナーだけでなく、
最後になる前に伝えられる言葉の大切さ
もお伝えしていきたいと思っています。
今回から始まった、
「葬儀社が見送った、ある一人の人生」
次回も、私たちがお葬式の中で出会った、あるご家族の物語をお届けします。
このお話を読んで、誰か一人でも思い浮かんだ方がいたなら。
無理のない形で、その方のことを少しだけ考えてみてください。
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